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悩む…

母が今の老健にお世話になるようになって1ヶ月。時間が矢の早さで過ぎていく気がする。

先日ようやく施設長で担当医でもある先生とお話してきたけど、やっぱり口からの食事が困難な状況で経鼻食では限界があると…、胃ろうを提案された。そうくるだろうことは予想してたことだけど、やっぱり悲しい。
どうにか食事をきちんと口から摂って欲しいと願っていたけど本人も口を開けたがらないそうだし、どうしようもない。
介護職をされてるKさんに相談すると、身体拘束がない状態で鼻から管を抜いたりすると弱るのも早くなるよ…と。
胃ろうにしても又口から食事出来るようにリハビリも出来る…と。
Kさんはどちらにするのがいいとは言わなかったけど、やっぱり胃ろうにするのがいいんだろうなと思い始めてる。

自分のことならきっぱり断ってただろう。

生き長らえるなんて、真っ平ごめんだ。

でも。

母の事になると、急に正反対の意見になる。
母にはどんな状態になろうと生きていて欲しい。今はそんな気持ちになっている。
母だって私と同じ考えかもしれないのに。

自分勝手な事だと思う。そんなこと頭ではわかっている。
…だけど。
やっぱり、やっぱり母には生きていて欲しい。
今、母にまで旅立たれると私が生きていけない。

お願い!

もう少しだけ。
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再びリハビリ病院へ

GWに腎盂腎炎(要するに尿道感染)で入院した母。
その後熱が下がらず口から食事を摂らなくなって、又管だらけの日々へ逆戻り。
1ヶ月の入院期間を経てやはり元の施設には戻れず再びのリハビリ病院へ入院となりました。
この度は45日が目処。それ以上はいさせてもらえません。
このまま、口から食事出来なければその後は前回と同じコースで老健に行くことになりそう。
このリハビリ期間中にちゃんと食事が出来るようになってほしいなぁ。

食べることは生きること。

先日、姪と話していたのですが、やはり特養にお世話になるには時期早尚だったのかなぁと。
私達家族が焦っていたのかもしれません。
何とか少しでも普通の生活で!と。

今となってはどうしようもないですが、今回はじっくり時間をかけたいなぁとも思います。

ま、その前に本人の食べる意思がなくては、何も始まりませんが…。
頑張れ、母!!!

母の日

元気な時には親不孝娘だったし、かといって今何かをプレゼントしたところでわかってもらえないし喜ばない(喜べない)。
そんな訳でお見舞いには行こうと決めてました。
いつも姉のように気を配ってくれるKさんもご一緒してくれました。

前回Kさんが施設で会った時とは別人のようになっていて、Kさんも衝撃を受けてました…私だって2年前みたいになってしまった姿はショックやったもんなぁ。

今日も覇気のない表情で…少し何か言おうとはしてたけど、スグに諦めて無表情になってしまって…何だか悲しかったな。

明日も明後日も行くから頑張ってな~(>_<)

母入院す

昨日、久しぶりに少し早く仕事があがったので、母の所に行くつもりにしてて…。
帰り際にトイレで携帯を確認したら施設から何度も電話が(|| ゜Д゜)
私に繋がらなかったので妹に連絡がいってたようで。

スグに折電したら、予想通り母の具合が良くないようで病院で受診した方がいいと…GWで施設には医師が不在なので点滴も出来ないと。

明日付き添い可能かと聞かれ、妹は午後なら大丈夫と言ってましたと言われ即答出来ず一旦そちらに行きますと伝え、行く道々であれこれ思案。
どの程度悪いのか、二人で付き添った方がいいのか、けど仕事が山積みでしかも3日から連休突入でどうすりゃええの?みたいな。
最悪、仕事より親ですが。勿論!!!!

とりあえず、受診の際は妹に任せることとし私は仕事が終わり次第駆け付けることにしたけど、思いの外具合が悪くて入院することになったと妹から連絡が。仕事も中々終わらず結局いつも通りの残業(涙)

私が病室に行っても反応が薄くて、微熱があるのに手の冷たいこと…尿道感染で腎臓機能が低下してると看護士さんから説明があったけど、今は状態も落ち着いてると言われホッとしたけど、この手の冷たさは何???
もう生きる気力がないかのよう(涙)

まだ、まだやで!!頑張ってや!!
って話しかけても目も開けてくれないし。

父にあれだけお願いしたのに連れて行くつもり???

しばらく様子見て、眠ってしまったので今日は帰るねと伝えて病院を後にして妹に電話したら、医師からは、相当悪い、会わせたい人がいたら会わせてくださいと言われたと…そんなぁ!!

明日も妹と一緒に行くから、頑張っててや~!!頼むで~(。-人-。)

一周忌

今日は父の一周忌でした。
あれから1年も経ってしまった…お参りに来てくれたお坊さん(実は学生時代の恩師)は、一周忌は涙に暮れたこの期間に別れを告げる儀式だと仰ってました。節目でケリをつけて、故人の思い出と共に笑って生きていくためにあるのだと。

そう簡単にはいかないけど、この一年早かったようでもあるしあっという間だったようにも思う。
勿論、母には言ってません。
妹は、言ってもわからんよと言うけど、私はそんな事ないと思うので今後も伝えるつもりはない。
意識が戻ってスグにお見舞いに来てから全く来なくなった父のことを何で?どうして?何かあった?って思っているに違いないだろうけど。
今日は父の遺影に、まだ連れて行かんといてねとお願いしといた。

父の姉弟や母の姉弟達に囲まれて、ひとしきり思出話をして解散。

夜は妹家族と、父が大好きだった焼肉屋さんへ。

位牌…持っていけば良かったなぁ。